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東京地方裁判所 昭和37年(行)90号 判決 1963年4月17日

原告 尾崎善四郎

被告 東京都板橋区長

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、別紙添付訴状記載のとおり請求の趣旨、原因を陳述し、被告の本案前の主張に対し、原告が本訴において取消しないし無効確認を求める行政処分とは、被告が昭和三六年九月三〇日付板橋区広報第一七六号をもつて請求の趣旨記載の板橋区民会館外三ヵ所に板橋区の事務所を移転することとした決定であり、原告は、これについて地方自治法第二四三条の二に基づき、監査委員の監査を経た上、監査の結果の通知を受けた日から六ヵ月以内に本訴を提起したものであるから、これらの点で、本訴に被告主張のような不適法の事由はなく、また、板橋区の事務所が被告主張のとおり板橋区民会館等から新庁舎に移転したことは認めるが、これによつて本訴が不適法となるものでないことは、別紙添付昭和三八年二月一一日付準備書面記載のとおりであると述べた。

(証拠省略)

被告は、本案前の申立として、主文同旨の判決を、本案につき請求棄却の判決を求めた。

本案前の申立の理由は、次のとおりである。

(一)  区役所の事務所の位置を移転、変更する行為は事実行為にすぎず、しかも、昭和三六年九月三〇日付板橋区広報第一七六号で移転の事実を区民に知らせた被告の公布行為は公権力の行使にあたる行為ではないから、本件においては、取消しないし無効確認の対象となる行政処分は存在しない。(二) 仮りに右公布行為が行政処分にあたるとしても、かような公布行為は監査請求の対象とならない事項であるから、地方自治法第二四三条の二の訴の対象ともなり得ないものであり、その点は別としても、本訴は、右公布行為の点につき監査請求を経ないで提起されたものであるから、どのみち不適法な訴である。(三) 本訴の出訴期間は右公布行為を知つた日から六ヵ月と解すべきところ、原告は当時板橋区に居住し板橋区民会館の一部を使用していたのであるから、区役所の移転及びその公布の事実を当時知つていたものと推認すべきであり、従つてそれから六ヵ月以上を経過した昭和三七年九月五日に提起された本件取消訴訟は不適法な訴である。(四) そればかりでなく、板橋区の事務所は、原告主張の板橋区民会館外三ヵ所から昭和三七年一二月二七日までにすべて新庁舎へ移転し、右板橋区民会館等は現在事務所に使用されていないので、本訴は裁判を受ける実益を欠き訴の利益がない。

訴の却下を求める理由として、以上のように述べたほか、本案の答弁として訴状記載の請求原因第一ないし第五項の事実は認めるが、同第六項は争うと述べた。

(証拠省略)

理由

まず、本訴の適否について判断する。

原告の本訴請求は、被告が昭和三六年九月三〇日付広報で行つた板橋区の事務所を板橋区民会館外三ヵ所に移転変更する旨の決定は、区の事務所の位置を定めた条例の改廃の手続を経ないで区の事務所を移転することを目的とするものであるのみならず、右会館等に関する条例の定めに違背して同会館等を区の事務所として使用することを目的とするものであつて、ひつきよう地方自治法第二四三条の二第四項にいう営造物の違法な使用を目的とする行政処分にあたるから、その取消しないし無効確認を求めるとの趣旨と解されるのであるが、右法条に基づく訴訟は、地方公共団体の長等が公共団体の財産を違法に管理処分した場合に、その是正を目的とするものであると解すべきところ、被告が昭和三七年一二月二七日までに右会館等を事務所として使用することを廃していることは当事者間に争いがないから、本訴は、すでに是正の目的を失い、実益を欠くに至つたものというべきである。従つて、本訴は、不適法な訴と解さねばならない。この点について、原告は、同条に基づく訴のような民衆訴訟については、抗告訴訟の原告適格に関する行政事件訴訟法第九条、第三六条の規定の適用が排除されているので、本訴の訴の利益は否定さるべきものではないと主張するが、同法第四三条第一、二項が民衆訴訟について抗告訴訟の原告適格に関する規定の適用を排除しているのは、民衆訴訟は、もともと、「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起する」(同法第五条)訴訟であるから、訴の提起につき個人的、具体的利益の侵害があることを要件とする抗告訴訟に関する規定をただちに民衆訴訟に準用することが適当でないとの考慮から出たものと解すべきであつて、民衆訴訟については、およそ訴の利益の有無を考慮する必要がないとする趣旨と解すべきものではない。かえつて、民衆訴訟についても、かような訴訟制度を設けた本来の目的からみて、訴訟追行の必要性も実益もない場合には、訴の利益が否定さるべきことは、当然の事理というべきであつて、この結論は、旧行政事件訴訟特例法の下でも異なるものではない。従つて、この点の原告の主張は採用できない。

よつて、本訴はいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顯)

(別紙) 訴状

請求の趣旨

一、被告が昭和三六年九月三〇日東京都板橋区長として為したる行政処分にして、地方公共団体たる東京都板橋区の事務所の位置を、東京都板橋区板橋町五丁目九六九番地から、別表記載の通り同都同区大山東町五一番地板橋区民会館内、同都同区大山東町五〇番地板橋区立板橋第一中学校内、同都同区板橋町六丁目三、五六九番地板橋区立金沢小学校内及び同都同区氷川町一三番地板橋区立板橋第一小学校内に、移転変更し、昭和三六年一〇月一六日以降、同所に於て東京都板橋区の一般行政事務を取扱う旨の行政処分はこれを取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

予備的に、

一、被告が昭和三六年九月三〇日東京都板橋区長として為したる行政処分にして、地方公共団体たる東京都板橋区の事務所の位置を、東京都板橋区板橋町五丁目九六九番地から、別表記載の通り同都同区大山東町五一番地板橋区民会館内、同都同区大山東町五〇番地板橋区立板橋第一中学校内、同都同区板橋町六丁目三、五六九番地板橋区立金沢小学校内及び同都同区氷川町一三番地板橋区立板橋第一小学校内に移転変更し、昭和三六年一〇月一六日以降同所に於て東京都板橋区の一般行政を取扱う旨の行政処分は無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因

一、原告は昭和二五年二月一一日東京都板橋区双葉町二三番地に居住し今日に至つている。

二、被告は昭和三〇年八月一三日、東京都板橋区長に就任し、今日に至つているが、昭和三六年九月三〇日東京都板橋区長として、地方公共団体である東京都板橋区の事務所の位置を、東京都板橋区板橋町五丁目九六九番地から、別表記載の通り同区大山東町五一番地所在の板橋区民会館内ほか三ヶ所に、移転変更し、昭和三六年一〇月一六日以降、同所に於て東京都板橋区の一般行政事務を取扱う旨の行政処分を為しその旨同日付板橋区広報第一七六号を以つて公示しその頃以降、自己を含む東京都板橋区の地方公務員その他の職員をして、右会館、学校を占有使用せしめ引続き今日に至つている。

三、地方公共団体である東京都板橋区は、その事務所である区役所の位置を変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない(地方自治法第四条第一項)。又、この条例を制定し又は改廃しようとするときは、当該地方公共団体の議会たる板橋区議会において出席議員の三分の二以上の者の同意がなければならない(同条第三項)。しかし乍ら、東京都板橋区は右法律の定める条例の制定、改廃の手続を全くとつていない。

四、板橋区民会館及び板橋区立学校はいずれも東京都板橋区の所有する営造物であり、それぞれ、

板橋区民会館条例(昭和三〇年二月二三日板橋区条例第二号)

板橋区民会館条例施行規則(同年三月二三日板橋区規則第一号)

及び

東京都板橋区立学校設置条例(昭和三〇年三月二四日板橋区条例第九号)

等によつてその設置目的、使用方法等が規定されている。しかも右条例、規則が現に存続し規定しているところによれば、被告の右処分に基くこれ等営造物の占有使用に対し何等これを許容していない。即ち、東京都板橋区は、被告の右処分に適合するように、右条例、規則を改廃していないのである。

仍て、被告の前記行政処分は違法であり、無効である。

五、そこで原告は東京都板橋区の住民として、昭和三七年三月一三日東京都板橋区監査委員に対し、被告の前記行政処分のうち、板橋区民会館を板橋区役所の庁舎として占有使用する旨の処分が法定の手続を経ず、従つて地方自治法、板橋区民会館条例等に違反したものであるから、これを監査し、当該行為の禁止に関する措置を講ずべきことを請求した。

これに対し同監査委員は同年三月三一日、左記の通り監査の結果を通知して来た。

(1) 地方自治法第四条の法意は、庁舎改築に伴う仮庁舎への一時的移転は、含まない趣意であつて、請求人(原告)が指摘するような位置の変更ではなく、したがつて同条に規定する所定の手続は必要ではない。

(2) 板橋区民会館が、前記庁舎改築に伴う仮庁舎としての一時的使用により、部分的には営造物としての機能の停止が認められるが、これら一時的、部分的機能の停止はいずれも地方自治法第一四九条第一項第三号にもとづく、区長の管理権限に属する事項であつて、請求人(原告)の指摘せられる改廃手続は必要でない。

(3) 以上の理由により、板橋区長村田哲雄が板橋区民会館を仮庁舎として使用した行為は適法であり、したがつて当該行為の禁止の措置を講ずべき必要は認められない。

六、しかるに原告は右監査委員の監査の結果に不服である。そして更に、

(1) 東京都板橋区の区役所庁舎を板橋区民会館等の営造物の中に、一年数ヶ月以上の長期に亘り、移転変更し、これ等営造物をその設置目的、使用方法に反して占有使用することは、常識上社会通念上、決して一時的なものと言い難い。

(2) 右一年数ケ月以上の期間を予め認識しながら、その移転変更並びに占有使用を行わしめた被告の行政処分は、板橋区民全体の公益に重大な関係を有し、一般住民並びに他の関係官庁との利害等諸関係にも関連し極めて重要な法的瑕疵を含んでいる。

(3) 地方自治法は地方公共団体の執行機関たる区長が、このように公益に関する重要案件を執行するには、予め立法機関たる区議会の議決を経ること、即ちその案件の合法か否かの点及び当不当の点を区民の代表者から成る区議会にはかつて、充分討議せしむべきことを要求している。公権力の発動執行に民意を反映せしめ、以つて民主主義、地方自治を全うせしめる趣旨である。

しかるに被告の処分のように、右法定手続を経ないままこれをうやむやに許容することは、議会の無視、民主政治の侵害となり、区長の専断、独裁を認める結果となる。

(4) 東京都板橋区監査委員の前記監査は、被告の為した行政処分の存在及び、東京都板橋区議会の条例を制定、改廃する手続を行つていないことの事実を認め、これを前提とした上で、原告の指摘した地方自治法の該当法条の法解釈のみを為したものに過ぎない。そしてこれは、違法な事実の有無を監査するのでなしに、違法な事実に合致させるように法律解釈、法律判断を為したものである。

しかも被告はこれら監査委員と相通じ、自己の処分の違法性を隠蔽しようとしている嫌がある。この点から、被告に対してはその違法処分の是正を期待することができない。

以上の理由により、被告の行政処分は無効である。

仍て原告は、請求の趣旨記載の通り、被告の為した行政処分の取消を第一義的に求め、若し日時の経過等により取消の利益が将来消滅する場合を慮つて予備的に被告の為した行政処分の無効である旨確認する判決を求める為、本訴請求に及んだ次第である。

(別表省略)

準備書面

一、被告は同人の昭和三八年一月一六日付準備書面第二項において板橋区の新庁舎が昭和三七年一二月二一日完成し、同月二七日までに事務室はすべて本件仮庁舎から新庁舎へ移転を完了し、現在板橋区民会館外三ヶ所は仮庁舎として使用されていないから、現在においては本件訴の実益がないから、不適法であると主張する。そこで右の主張に対する反論を次に述べる。

二、本件訴訟は行政事件訴訟法第五条に規定する民衆訴訟であり同法条に明示されてあるように、この種の訴訟は「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」である。

三、次に原告は本訴において第一次的に被告の行政処分の取消を求めているからこれは同法の取消訴訟であり、同法第九条により原告適格として「当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」といえるかどうかが一応問題点となるが同法第四三条第一項により民衆訴訟の内取消訴訟は同法第九条の適用を排除されているので、右の原告適格は不必要である。

四、次に原告は本訴において予備的に被告の行政処分の無効確認を求めているからこれは同法の無効確認訴訟であり、同法第三六条前段により「当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」であるかどうかの点が一応問題となるが、これも同法第四三条第二項により民衆訴訟の内無効確認訴訟は同法第三六条の適用を排除しているので右の原告適格は不必要である。

五、最後に、板橋区の事務所が現在本件仮庁舎に存在しなくなつた事実により本訴が不適法ではないかとの問題に関しては、取消訴訟については同法第九条のかつこ内の文言即ち「処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む」という規定が第四三条第一項により排除されていることにより、又無効確認訴訟については、第三六条後段即ち「当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴訟によつて目的を達することができないものに限り」の制限もまた第四三条第二項によつて排除されていることにより、問題の生ずる余地はないと云わなければならない。

以上のように原告の本訴請求はいかなる点からみても適法であり、被告の主張は理由がないものである。

以上

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